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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)110号 判決 1967年3月16日

原告 五味学 外一名

被告 大阪税関長

訴訟代理人 氏原瑞穂 外三名

主文

原告らの本件訴えはこれを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

(一)  原告らの求める裁判

1  被告が原告五味学に対し、昭和四一年七月六日付でなした、罰金に相当する金額金二一一、〇〇〇円および没収に該当する物件スイス製男物腕時計一八金ホワイトゴールドパテツクフイリツプ(三四四五)一個を納付すべき旨の通告処分を取消す。

2  被告が原告五味浩子に対し、昭和四一年七月六日付でなした、罰金に相当する金額金八七、〇〇〇円および没収に該当する物件スイス製女物腕時計一八金ホワイトゴールドパテツクフイリツプ(三三〇三)一個を納付すべき旨の通告処分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(二)  被告の求める裁判

主文同旨の判決。

第二、主張

(一)  (請求原因)

一、原告両名は昭和四一年三月二三日結婚式を挙げ、同月二六日東南アジア方面に新婚旅行に出発、同年四月四日大阪空港へ帰着したものであるが、その旅行の途中ホンコンにおいて、結婚記念のために、スイス製男物腕時計一八金ホワイトゴールドパテツクフイリツプ(三四四五)一個同女物(三三〇三)一個および同女物(三二八五)一個を購入した。

二、しかるところ被告は、昭和四一年七月六日付をもつて原告両名に対し、前記請求の趣旨記載のごとき各通告処分をなした。しかして、右処分の理由は次のとおりであつた。すなわち、「原告らは、右各物件が関税未納物件であることを知りながら、原告学の指示により原告浩子の両腕に着用し、なんら税関に申告することなく当該物件に対する相当関税および相当物品税を不正に免れたものである。」

三、しかしながら原告らは、新婚旅行のために初めて海外旅行をしたものであつて、かねて知人らより腕時計については各人二個までは非課税であつてなんら税関に申告することを要しない旨聞き及んでいたところから、本件物件が課税物件であることを知らないで購入し、これを持参して帰国したのである。したがつて、原告らが右物件が課税物件であることを知りながら、不正にこれに対する関税および物品税を免れたものであるとする右通告処分は違法な処分というべきである。

四、よつて原告らは被告に対し、右各通告処分の取消しを求めるため、本訴に及んだものである。

(二)  (答弁)

一、原告らが本訴において取消しを求める通告処分は、関税法にもとづく処分であつて、同法上、右の処分を受けた者が通告の旨を履行しないときは、税関長は犯則事件を検察官に告発しなければならず、かつ、右犯則事件はその告発をまつて論ずるものとされている。そうだとすると、右処分の適否は刑事訴訟手続によつてのみ最終的に決せられるべきものであつて、抗告訴訟によつてこれを争うことは許されないから、原告の本件訴えは不適法として却下せらるべきである。

(三)  (被告の答弁に対する原告の主張)

一、本件通告処分が一個の行政処分であることは全く疑問の余地のないところ、その行政処分が国民の具体的権利ないし利益を侵害する蓋然性を有する以上、その取消しを求める行政訴訟を提起しうることは当然のことといわなければならない。被告はかような処分の適否は刑事訴訟手続において争えばよいと主張するが、権利保護の利益が存在するかぎり、行政および刑事両訴訟手続において救済を求めうるとするのが、裁判を受ける権利を保障した憲法三二条の趣旨にも合致する所以である。

第三、証拠<省略>

理由

一、本件訴えの適否について、以下、検討することとする。

原告らが本訴において取消しを求めているのは、関税法一三八条一項本文にもとづいて原告らに対してなされた通告処分であるが、同法によると、右通告処分は、税関長が犯則事件の調査により犯則の心証を得たときに犯則者に対してなすべきものであり(一三八条一項本文)、犯則者が右通告を受けながら二十日以内に通告の旨を履行しないときは、税関長は検察官に告発しなければならず(一三九条)、かつ、犯則事件は右税関長の告発をまつてこれを論ずべきものであり、また、犯則者が右通告の旨を履行した場合においては、同一事件について公訴を提起されない(一三八条四項)と定められている。そうだとすると、同法一三八条一項本文にもとづく税関長の通告処分は、罰金に相当する金額及び没収に該当する物件又は追徴金に相当する金額を税関に納付すべき旨をその内容とするものではあるけれども、犯則(被疑)者に対してなんら右のごとき金額または物件の納付義務を課するものではなく、これを納付すると否とは犯則者の自由であり(右金額または物件の納付を徴収手続等によつて強制することはできない)、ただこれを納付した場合には、同一事件について公訴を提起されないという利益を犯則者に与えるにすぎないといわなければならない。すなわち、犯則事件といえども、それが犯罪を構成するものである以上、犯則行為のなされたのちに右のごとき金額または物件を納付したとしても、そのことはいわば犯罪後の情状に属することであつて、なんら犯則事件そのものの成立を阻却する事情ではないはずである。しかしながら、関税の犯則のごとき財政犯の犯則者に対しては、まず財産的負担を通告し、これを任意に履行したならばあえて刑罰をもつてこれに臨まないこととすることが、関税の納税義務を履行させ、その徴収を確保するという財務行政上の目的を達成するうえからも適当であると考えられるところから、右のごとき通告処分の制度を設けるとともに、その通告の旨を履行したときは、同一事件について公訴を提起されないとしたのが前記関税法の法意であると解せられるのであつて、その点から考えて、通告処分は犯則者に利益を与えるものでこそあれ、これに対してなんらの不利益を課するものではないといわなければならないのである。

もつとも、犯則(被疑)者が実際には犯則行為を行つていないのにかかわらずその嫌疑を受けて、右のごとき金額または物件を納付すべき旨を通告された場合、その通告の旨を履行しなければ、告発された上犯則事件について公訴を提起されるにいたることがありうること、さらに、犯則事件の被告人となることが犯則(被疑)者にとつて不利益であることはこれを否定することができないのであろう。しかしながら、右のごとき不利益は、本来、犯則事件の嫌疑を受けたことから生じたものであつて、通告処分を受けたことによつて生じたものということはできずず、通告処分そのものは、犯則事件の嫌疑の発生から、その調査を経て、通告、告発、さらに公訴の提起へと発展する一連の刑事処分手続の一環を構成する手続にすぎないのであり、しかも、右不利益の原因である犯則事件の嫌疑に対しては、これについて公訴が提起せられたのち、その刑事訴訟手続においてこれを争うよりほかはなく、行政訴訟によつてこれを争うことができないことは他の一般の刑事事件と同様であるといわざるをえないのである。

これを要するに、原告らが本訴においてその取消しを求める通告処分はなんら原告らの法律上の利益を害するものではないから、取消訴訟の対象たる適格を有しないものというべきであり、したがつて、原告らがその主張にかかる各物品に対する関税義務の不存在を理由に、本件通告処分にもとづいて納付した金額および物件の返還を請求するのであれば格別、右通告処分自体の取消しを求める限りは、その訴えは不適法であるといわなければならない。

二、以上のとおりであるから、原告らの本件訴えはいずれも不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 福井厚士)

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